レイプだろうが殺人だろうが、戦争だろうが、ほとんどの人は芸術というレンズを通せば安全だと思っている。それが私には不思議なんだ。 夜の闇をつたって自分の身体に、あるいは意識に入り込む不安を、私はいつも感じている。 宮西計三の文章は悪い夢の共有だ。過去の、済んだ出来事ではなく、いまだに喰うか喰われるか。襖をあけたら、夢は牙を剥いてくる。 よく書けたね、こんな怖い話。墓を暴くのと同じだわ……。(薔薇絵)
自分は醜いと『ボク』は思うようになっていた。 ぶざまなtic症状もそうである……母もそうである……田舎の生活もそうである……全てが彼の癇に障った。 彼の心と体を掻き回している奴……tic、此奴のことは自分が誰よりも知っている自覚はあった。 彼は思った……医者ごときに分かるものか。正体はわかってるんだ。ただ何時もボクが負るだけなんだ……と。 発作は強烈になり頻度も増している。一旦始まると彼はくたくたに疲れた……。 医者は精神安定剤を処方するのが関の山だったが、それは後々に問題を残す処置である。 彼を小学生にして薬物常用者としてしまったのだ……。 医者としては未来をへ顧客を一人担保したわけである。 彼は世間だけでなく、自分自身とも対立してしまって、何も可にもが不満で腹立たしくなってしまった……。 一種のヒステリーだ。
少年が自らと対峙する時とはどういう“時”であるのか? それは思春期である。 ならば対峙する“自ら”とは何か? 其れは言うまでもなく“性”である。 彼が“分かってる”というのは嘘でもないのだ……。 口陰期から肛門期を経て根をはった花がいよいよ芽吹こうともがく時期、そういう頃にいろいろ悪さををするのが“性”である。 乱暴な言い方をさせてもらえばticなどとご立派な名を付けて医者が呼ぶものは、卵を抱いた親鳥が殻をつついて孵卵を手助けするようにすれば済むことなのだ……何を言わんとするかお分かりだろう……? 蠱惑の春を生業とする天使のもとに連れて行けばいいのだ……! つまり“性体験”である。 ticのような擬似的性行為は儀式的性体験によってその擬似的である行為の意味を無くをす。因ってticなるものは消え去る! 割礼という儀式がある。此は体内に入り込む、或いは在する“魔”から肉体と魂を護す儀式的性体験といえる。 儀式は精神的ショックと肉体的痛みによって“魔”から意識を逸らし肉体の正常な機能としての性及び性器の認識を促すのである。 そこに“魔”も意味を失い消滅する! こういった宗教的基盤を持つ者は幸いである。 又一方では宗教的妄信が狂人を生むのも事実である……。
いたたまれない気持ちで彼は田圃に張った薄氷を踏み歩く……彼は焦れったくて仕方が無かった……。 早く大人になりたい。早く此処を出たい……出て東京へ行くんだ。 東京には出版社が沢山ある。ボクの生きる世界があるんだ……! 彼は学校も教師も教育そのものも拒否した。 学校側は彼に手を焼いてどうにかして登校するようにと度々フミコと担任と校長が頭をひねっていたのだった……。 東京に向けて広げたばかりの羽根は早々叩き折られることになる。 それも何とも奇妙なやり方で……。
草香山*に粉雪が舞いだした。 『ボク』は嬉しくなって空を見上げた……。 ネズミ色の空に点々と舞う雪を目で追う……。 粉雪は降りつのる……。 「もっと降れ、もっと降れ、もっと降って真結界の怒りとノロイであったのだなれ!」 その時、山の方で砲声が一発轟いた……。 彼は雪の浮遊感を楽しんでいた。砲声の木霊が消えて一呼吸後だった、何かがバラバラと音たてて彼の足元じ落ちて来た。鉄砲の弾だ! その時初めてさっきの音は散弾銃の銃声だと気付かされた。散弾はきれいに『ボク』を避けて一つも当たらずに落ちていた……。
北風、飄(ひょう)と放たば帷なす雪の紗かき乱し渦まきざまに紅き林檎の頬討たむ。 犬が一匹枯田を駆け回っている……。 犬は鼻先を打つ雪に驚き、逃げ来る白い物を追い掛けている。 興奮に狂喜した犬は雪と己が尾の影も見分けがつかずくるくる回りだす。 旋回する……旋回する……。 薄氷(はくひょう)割れて音高く。 音高く……音高く……。 何処かで名を呼ぶ声がする。 遠く……近く……また遠く……。 犬は何んにも区別がつかず野をよぎって走る。 走る……走る……。 雪の帷は重く垂れこめ眼路を惑わす……。 何処かで名を呼ぶ声がする。 遠く……近く……また遠く……。 何故に吠えるか一際疳高く、犬の声長く糸引く……。 見ると誰やら野面を此方に来る様子……。 白い着物に黒い髪、彷徨(さまよ)ふやうな足つきで……風の為す儘、雪の為す儘、なぶられるが儘……。 時折紅い襦袢を腿の間に挟み込み、しどけなく空を見上げたりする姿……。 その視線の先には柿の木が一個だけ真っ赤に熟して枝にある。 「かんなぎさんや」 『ボク』にはそれがよく分かった。 「真っ赤やね……真っ赤に光ってるみたいやね……」 『ボク』は稲藁のにお*の中に座り隠れた。 其処は乾いて心地良かった……。 “巫”(かんなぎ)は、『ボク』がまだ集団登校していた頃わんぱく連のなかにあって年少者の面倒をなにくれとなく看ていたあの娘である。まぁ、それは男の子に限られていて、少々度を越したものであった事は既に述べた通りだ。 “巫”と言うのはあくまでも仮名である。 集団登校の頃は彼女は中学の一年生だった……。大人びた娘で幼心にも綺麗と思われた……。 周りの女子学生の間では“色気違い”などと陰口を叩かれていたが本人は一向にお構い無し、気にする風も無いのだ。 『ボク』が小学校の低学年頃までは彼女の姿をよく見かけたものだ。 一、二年生の授業は殆どが午前中の4時限で終わりお昼頃にはガヤガヤと連れだって下校する。当然、隣接する中学も昼休みとなり弁当代わりのパンだの牛乳だの不足の文具類などを調達に生徒達が外に出て来る。 中には不良共も一服付けに小学校の方に歩いてくるのが何時もの風景であった……。 そんな集団を小学生のひよっ子達は、恐れと憧れを持って見送るのだ。中に一際目立つ存在があった。 その存在は不良共の中心にいた……。 すらりと伸びた均整の取れた体たはすきが無い鞭のようにしなやかで身の熱(こなし)は、イキでカッコイイ! だが、決して大袈裟な動きはしない。 爪入りは第二ボタンまで外して……、そして何と言ってもその顔……。 それは意外にも、なの女のように優しいものなのだ。 この男には何時もぴったり寄り添う者がいた……、それが“巫”であった。 二人は仲睦まじい夫婦そのもので誰の眼をも憚る事無く連れだって歩いた。 二人はまさしく王子と王女だった。 それから一年も経った頃だろうか、ぱったりと二人の姿見なくなった……。 ちょうどそんな時であった。とても嫌な噂が子供達の間に流れたのだ……。 下劣で愚昧(ぐまい)な厭うべきもの故簡単にだけふれておく。 噂とはこうである……。 ある朝、中学校の始業ベルが鳴った。一人の女子生徒が便所が塞がっていたのでもう一度行かせて欲しいと教師に云うのだった。 便所は汲み取り式で個室は二つしかなく他の生徒もやはり一つの個室は鍵が中から掛かっていて開かなかった、誰かいるようで気味が悪いと云いだした……。 教師はしぶしぶ便所を見に行ったのである。 そして其処で倒れている先の二人が発見された……と、此処まではいいだとしてもこの後が非常に拙い……。 二人は一緒にひとつ毛布にくるまれて運び出された。しかもあろうことか二人は性行為中に女子生徒が膣痙攣を起こしてしまい引き離すことが出来なかったというのだ……。 云うに事欠いてまことにばかばかしい噂話である。二人が発見されたのは事実としよう……だが発見されたのは痙攣をおこしたからでは無く、二人は心中したからなのだ! 噂というのは真実を焼きつくす……硝酸の焔吹く怪蛇(ヒドラ)。 一頭を斬りたれば直ちに一頭を生ずヒドラが贄を喰らうは、このやうに悪臭芬々たるものなり。 『ボク』は思い出す……巫の“男”を。 不良共を従えて口数少なに御した男……。視線ひとつで怯えさせ又鼓舞もした男。 皆は男の顔を窺う……男の唇が微笑めば嬉しく、引き締められれば緊張が走る。不良共は何故だか分からない……男は端(はな)っから違うのだ、俺等とは出来が違うんだ、と納得するのだった。 そんな男が消えたのだ! この雪が明日には消えるよに……。 後には汚れた跡を残すだけ……。 男は二度と帰へてんてらなかった……。 「そんな事あるもんか! そんな事は信じない。心中なんてするもんか!」 『ボク』は癇癪紛れに腿を拳で打った。その拍子にロウソクとマッチがポケットから飛び出した……。 巫は事件から一月程で復学した……。 卒業まで後半年を切っていた。それまで学校の籍はそのままにする事になったのだ。彼女は又学校に通い始めたが、もはや以前の巫ではなかった……。 親も教師も取るべき処置があっただろうに、彼等は手立てを講じず親の怠慢と学校のメンツを第一に隠蔽体質に走った。 彼女は結果、晒し者となったのである……。 実のところ……生徒達も先生も、周りの大人達もが思いがけない獲物に舌なめずりをしていたのだ……と、するとどうであろうか!? 雪のベールに覆われて昼間の光りは煙っている……。 思い出の走馬灯は回る白くくすんだスクリーン……。 透写する音、回る影……。 『ボク』は白昼夢を観る思いに胸がつまった……。 まざまざと蘇る心象に咽びながら思い出すのは、巫の姿……。 大きなランドセルを背負い何度か彼女と伴って帰ったことが忘れられない……。 足を骨折する前だから二年生の秋の頃だ。今から思うと彼女は復学した直後だったんだなと分かるが当時の『ボク』には何の察しも付かなかった。ただの見知りのお姉ちゃんとしか思っていなかった……。 「一緒に帰ろボク」 『ボク』の手をとって彼女は云ってくれた。 『ボク』が名前を呼ばれたことに驚くと巫は微笑んだ……。 「名札にかいてるやん」 彼女と歩くのは集団登校以来だ。小学生の『ボク』は噂の事は知らなかったし、たとえ知っていたところで彼女が噂の当人だとは考えられなかっただろう……。 誰もいない農道を二人は帰った。時折思い出したように頭を上げて紅や黄に染まった山を見るのだが、彼女は大体において俯きがちだった……キレイだ。 時折、蚊の鳴くように話しかけてくる……。 「ボク、変わらへんね。覚えてる? 姉ちゃん覚えとるよ……」 『ボク』は顔が赤くなって頷くだけで下を向いた……。 彼女の白い運動靴が眩しい、靴下に包まれた脹ら脛が痛々しく『ボク』の瞳を打つ……。何故か悩ましい思いにかられた。 「中学生はもう大人なんや……」 彼女はゆっくりゆっくり歩いた……。 口の中で何か呟く気配に『ボク』が気付くと土手の芝草に腰を下ろし隣に『ボク』を座らせた。 うつむいたまま巫を見た……。 「蛇のような眼だ。」 スカートの膝が秋の陽光を受けて玉虫色に照り映え蠱惑する……。 そのとき甘酸っぱい匂いに『ボク』は包み込まれ仰向けざまに倒された。 巫の長い髪が顔の上に垂れかかりくすぐるように揺れる……。 額を擦り付け厚い息をかけて……。 「ほんまにアンタ可愛いね……!」 焼けた頬に冷たく唇の感触……。 その唇は何か理解出来ない言葉をつぶやくのか……? 巫は固く目を閉じ息をころしている『ボク』を抱きしめた。 言語以前の裸の言葉を巫は呻いていた……。 「イイ児……おまえはイイ児……可愛い可愛い……。ネェ? うちとアンタと一緒にどっか行こ! ええネ? ええネ? ネ!? ネ!?」 巫は息を弾ませ大きく胸と腹を波打たせていた……。 胸の膨らみ、腰のまろみ、その奥の骨の感触までもが秋の深い大気と合いまって『ボク』の耳裏でづきづき疼き出す。 『ボク』は頷くのが精一杯だった……。 なんにも云えずにただ唇をかみしめた。 彼女は泣かんばかりに喜んだ。 「イイ? 誰にも云っちゃ駄目よ。待ってるのよ……イイ?」 巫は何度も念を押した。 「待っててネ。」 何度も何度も振り返り……。 「待っててネ。」 そして彼女の姿は見えなくなってしまった……。 白昼夢は終わった。 『ボク』は幻影にすがるように腕を伸ばした……その瞬間だった、指先にひやりと巫の手が触れた気がして思わず体を後ろに引くと軽く何かにぶつかった……。 驚いて振り返ると其処に巫が立っていた! 彼女は昔と変わっていかった……寒さに蒼褪めて唇は火のように赤く怖いほどに美しい。 真っ白な息を吐いて巫は云う……。 「迎えにきたよ……。」 その時背中に冷水を浴びせられたように飛び起きた。 「夢だ!」 彼は何時の間にか眠ってしまったのだった……。 寒い! 歯の根も合わない! 寒い! ポケットを無我夢中で探った……無い。 足下を見ると其処に探しているマッチが有った。震える手で何度もマッチ擦った。 「ダメだ! 点かない……そうだ!」 彼はロウソクを思いだした。何かに憑かれたようにマッチを擦ってロウソクに火を点けた……。 それからロウソクで藁束に火を点けた……。 そして“にお”に火を放った……。 火の手が上がった! バチバチとシューシューと音たてて炎は火の粉を散らして舞い上がった……! 彼は見入った、愉しげに……、魅入られたやうに……。 その日の夕刻、帰宅した姉が田圃の土手に倒れている弟を発見した。
*草香山(生駒山の古称) *にお(刈稲の積み上げた物)
フミコは飯場を出たのである。その訳はこうだ……。 昨日は賃金の支払日だった。いつもの事であるが給料日の夜は飯場の女連中も男同様集まって食い物や酒を手に手に持ち寄り月に一度の贅沢に興じるのだ。しかし今月は少々趣が違った……。 昨年来の労資交渉が実を結び新年度四月より手当が上がることになっていた。フミコ達のような飯炊きや下働きも当然、御利益にあずかれるのである。それが今月の昨日だった……。 だが当日になって蓋を明けてみると、賃金アップどころか何だかだとさっ引かれて何時もより少なくなっているではないか……。 皆は不満を酒で腹に流し込んだ。フミコも言う事は百も承知だが敢えて火の粉を被る事はすまいと皆に習う事にしたのだった……。 沈んだ座の雰囲気も酒が入るにつれ何時ものように明るくなってきた。ちょうど飯場頭の悪口を肴に盛り上がっていた……その時だ。 女小屋に音たてて転がり込む者があった。それは仲間内で女力士の異名をとる若い娘だった。 彼女は人が善すぎるぐらいに善く、何時もにこにこ笑って怒った試しが無い。泣くときも涙を流して静かに笑うぐらいの……少し足りない女である。 ユウコが唯一抱かれても泣かない相手でもあった……。 女力士は倒れ込んだ土間でウンウン呻いた。着物は裂けて体は打ち傷だらけだ……! モンペの尻は血で滲んでいる。 皆が駆け寄ってみると笑ったような悲しい顔で意識を無くした……。 皆には誰の仕業か直ぐに判った。飯場頭に違い無い! 彼奴は以前から何かと因縁を付けては力士を殴りつけていたのだ。いくら殴ってもビクともしない彼女に苛立ち執拗に殴り続けるのだ。その内それが彼奴の楽しみになったものだから何かというと力士を殴りつけていた……。 女力士を座敷に運びながら仲間の一人が云った。 「力ちゃん、銭っこ取んに頭(かしら)んとこさ行ってく、云うとったわ……」 フミコは立ち尽くした。目前が暗くなるのを覚えた……。その後、周りの物は視界から遠退き音さえ消えた……。フミコは無意識に一升瓶を煽っていた。ユウコの泣き声がした……。 「泣くな!」 フミコの一喝にユウコはピタリと泣き止んだ。 外に出たのは覚えていた……。 真っ直ぐに飯場頭の長家へ向い玄関を開け中に入ったのは記憶に無い……。 見ると目の前に胡座(ル・あぐら)をかいて酒を呑んでいる頭がいた。 彼奴はフミコを見て怪訝な顔で何か云ってる様子だ……。 「ほーぉ。こ、これはこれは……お、おめぇ、やっと俺の云う事ぁき、きく気さなったか……?」 フミコは何も言わすそのまま居間に上がり込んだ……。 「おぉっ、ささ、酒までご、ごご、御持参けえ。どど、どれどれ……。」 飯場頭がフミコに近付いた……。 彼女は手に持っていた一升瓶を無造作に振り上げた……。 次の瞬間飯場頭の頭に一升瓶は音高く炸裂した。 頭は叫びながら外に飛び出しのたうった。 群がる野次馬に助ける者など誰一人いない……。 飯場の女たちはフミコを逃がした。
きっとユウコは夢を見ただろう……。 ここ数日の印象は、軟らかい魂に深く食い入ったに違いない……。 その夢は恐ろしいものかも知れない……。 夢の中の母は恐ろしい顔をしている。 確かに母であるのは間違い無いのだが……。 今まで見たことの無い顔だ。 さぞかしユウコは恐かっただろう……。 その瞬間ただならぬ恐怖は生命の危険をも感じさせたにちがいない……。 ユウコは論(さと)った。これは今までとは違う、泣いてはいけない、我慢するのだ……。 夢の中でもユウコは母の背中にいる……。 負ぶさるのでは無く、居るのだ……。背中の上に恐ろしい母の顔が後ろを向いて乗っている……。 ユウコは負い子の底に縮こまる。 泣いてはダメ、我慢するの、おとなしくしなきゃ……。 母の体から殺気が立ち昇ってくる。息苦しくて窮屈だ……。 ユウコは何かとの接触を感じて横を見た。するとそこに、自分の隣に、女力士が居るではないか! 力ちゃんはいつものように楽しい顔で云う……。 「ウーちゃん、ウーちゃん、遊ぼー。」 「ダメ! 力ちゃん、今はダメなの……。」 ユウコは夢の中で二人が大人たちのように話が出来るのにビックリして嬉しくなった……。 「ウーちゃん行こ。ウチと遊びに行こ。斑猫(はんみょう)とりに行こか? バッタ食べる? ザリガニでもカエルでも捕りに行こ。教えたげる……。」 ユウコは今大変な時だから母の言い付け通りにおとなしくしてないと自分も母も恐ろしいことになるのだ、と子供流に女力士に説明した……。 「ウーちゃん、ウチと遊ぼ? ウーちゃんがウチの赤ちゃんなって……、ウチがウーちゃんのオッ母チャンぞ?」 ユウコのことなどかまわぬ風で喋っている女力士になんだか不安になって改めてその顔を見返した……。 その目は真っ赤で鼻も口も歪んで、どす黒く血にまみれたあの時の女力士が首だけになって 其処にあった……! 母が自分と力ちゃんの首を負んぶしてたんだと思うと堪らなくなって悲鳴を上げてユウコは目が覚めた。 母の背中で夢をみていたのだ。ほっとしたユウコは母の顔を覗き込んだ……。 「お襁褓替えようか……ウーちゃん?」 振り向いたその顔は女力士のものだった。